ライトノベルにありがとこー

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チラムネ語り~悠月の髪はなぜ黒いのか~

 

0.はじめに

「女の子が髪型を変えるって、そういうことでしょ?」

 7巻の明日姉の台詞にも現れるように、本作『千歳くんはラムネ瓶のなか』(以下、『チラムネ』)における「髪」は大きな役割を果たしてきました。それは単に心情描写だけにとどまらず、3巻においては明日姉の駆け落ちのサインである左耳に触れる動作として、「髪を左耳にかけ」ました。また6巻では優空は「髪も、真似して少し伸ばして」いることが記述され、7巻では「新しい私」になるために夕湖が髪を切っています。特にこの二人の髪型の変化は、読者である私たちの中で鮮烈に残っていることでしょう。

 こうして表現に工夫が凝らされている「髪」ですが、果たして髪色についてはどのように表現されているのでしょうか。色の表現自体の豊かさは、『チラムネ』を読んだ方なら皆さんご存じのとおりだと思います。独特な色の描写だけでなく、7巻『私たちの青色』に代表されるように、色そのものがどこか象徴的に扱われることもあります。私はシリーズ前半戦が「青色」であり、後半戦は「赤色」の物語になるのではないかという持論を持っているのですが……今回の論点はそこではありません。

 今回は色描写に工夫が凝らされてきた『チラムネ』の髪色に着眼し、考察していきます。

 

1.ヒロインの髪色描写

 今回考察したい大きな点は、登場するヒロインのうち、唯一悠月だけ髪色の描写がされていることです。こう聞くと「え、嘘でしょ?」と思う方もいるかもしれません。そういう方はぜひ、お手元の書籍(電子書籍だと検索機能を使いやすいです)を確認してみてください。「髪」「ヘア」など髪に関する描写は多々存在しますが、ヒロインの中で色に触れているのは悠月だけです。まずはそのことを理解していただくために、悠月の髪色描写のみをピックアップします。

2巻

「上質なシルクのように揺れるセミロングの黒髪」

「ぶありと涼やかな風が吹き抜け、艶やかな黒髪がぱらぱらとなびく」

セミロングの黒髪はかんざしでまとめられ、くらくらするようなうなじが見える」

4巻
セミロングの黒髪」

「部室のほうへと消えていく黒髪

「すうっと私の横を美しい黒髪が横切った」

5巻
「はふうと色っぽいため息まじりに流れる黒髪」

「七瀬の黒髪が切なげになびく」

「くすくすと黒髪が揺れた」

6.5巻

「静謐にそよぐ風が黒髪を淡くなびかせた」

 それぞれの表現の具体的な描写については、ぜひ確認してみてください。なお、ここでは取り上げませんが各種SSの表現も確認済みです。筆者が取り損ねているSSはないはずなので、表現の見落としがない限りは間違いのない情報だと思います。

 もっとも、これはヒロインに限った話です。4巻で登場する綿谷先生を始め、サブキャラクターには白髪などの表現がされています。

 では、何故悠月の髪色のみが描写されているのでしょうか。

 大きく三つの可能性があると考えます。


(1)たまたま
(2)ライトノベルとしての都合
(3)何かしらの意図


 今回はこれら三つを考え、最終的に「何かしらの意図」があったときに考えられそうなことをあげます。

 

(1)たまたま
 もちろん、何の理由もなく、たまたまこれまで描写されてこなかった可能性もあります。しかし、前述のように悠月の髪色描写だけが複数回登場していることを考えると、偶然として片付けるのは早計ではないでしょうか。作中の言葉を借りるのなら、「偶然だから偶然じゃない」状態だと言えるでしょう。

 

(2)ライトノベルとしての都合
 『チラムネ』に限らず、ライトノベルはイラストとセットで完成する媒体です。カバー(書影)に惹かれて『チラムネ』を手に取った、という方もいるのではないでしょうか。イラストを見れば分かるように、『チラムネ』のヒロインの髪色は鮮やかです。夕湖は金髪ですし、陽は茶髪、明日姉は銀髪……とそれぞれにデザインされています。

 しかしながら、ではこうしたイラストの設定と実際の設定が合致するかと言えば、必ずしもそうとは限らないでしょう。アニメやマンガにおける派手な髪色の描写には二種類あります。「アニメ的設定」と「アニメ的表現」です。前者の場合はあくまで創作物であり、現実にありえないものを描くコンテンツとして派手な髪色を許容しています。一方、後者はあくまで表現に終始します。実際には黒髪だったとしても、そのキャラクターの性格を印象的にするために明るい色にする……といった表現は決して珍しくありません。

 『チラムネ』と同じガガガ文庫の『弱キャラ友崎くん』(以下、『友崎くん』)が例として分かりやすいです。様々なイラストで銀髪のように表現される菊池さんというキャラがいますが、彼女は実際には黒髪であることが描写されています。ここで銀髪にされているのは、彼女の神秘性などの性格をパっと見て分かりやすいようにする目的があると考えられるでしょう。

 こうした「アニメ的表現」を行う際、『友崎くん』のように実際の髪色を明記するのではなく、あえて髪色を描写しない方法もあるでしょう。解釈の余地を残すことで実は「アニメ的設定」と明かすこともできますし、「アニメ的表現」でありながらイラストと本文をマッチさせることが可能です。

 『チラムネ』にこの傾向があることは、3巻で交わされた次の会話から考察することが可能です。

「(中略)髪とか染めたりするのかな、ちょっと想像できないや」

「明日姉はそのまんまが素敵だと思うけど、俺はそうだな。金髪にでもしてみようか?」

 もちろん直接的な描写ではないですが、もし明日姉が実際に銀髪ならこのような会話をするとは考えがたいでしょう。

 髪色を描写しない理由の一つとして、前述のような意図がある可能性は高いと思います。

 

(3)何かしらの意図
 ライトノベルとしての都合だけが理由……と考えることもできます。というか、十中八九それだけです。ここからは完全なる妄想なのですが……一応、きちんと理屈も用意しました。(2)だけが理由だとすると、違和感があるのです

 確かに、「アニメ的表現」として夕湖や明日姉の髪色を描写しないのは納得できます。ではなぜ優空の髪色が描写されていないのでしょうか?

 イラストを見れば、優空も黒髪です。悠月とは若干色合いが変えられていますが、あえて他の色と考える必要はないでしょう。ちなみに、同じ黒髪である東堂舞については「マッシュショートカットの黒髪」と描写されています。

 まして、作中で優空は髪型を変えています。彼女の髪に関する描写はきちんと記述されているのです。にもかかわらず、悠月のような髪色の描写は存在しません。私はここに何かしらの意図があるように思えてなりません。

 

2.悠月が「黒髪」であるワケ

 ここからは1章(3)で述べた点について考えていきます。このことを考えるうえで、まず先述の髪色描写が誰視点なのかを整理します。

2巻

「上質なシルクのように揺れるセミロングの黒髪」

「ぶありと涼やかな風が吹き抜け、艶やかな黒髪がぱらぱらとなびく」

セミロングの黒髪はかんざしでまとめられ、くらくらするようなうなじが見える」

4巻
セミロングの黒髪」

「部室のほうへと消えていく黒髪

「すうっと私の横を美しい黒髪が横切った」

5巻
「はふうと色っぽいため息まじりに流れる黒髪」

「七瀬の黒髪が切なげになびく」

「くすくすと黒髪が揺れた」

6.5巻

「静謐にそよぐ風が黒髪を淡くなびかせた」

 このほとんどは朔視点です。朔の一人称で悠月の髪色が描写されていると考えると、そこには朔自身の内面性が反映されているように思われます。しかし、そう簡単にいかないのが『チラムネ』です。上記の髪色描写の中には、朔視点でないものも含まれています。

 4巻「すうっと私の横を美しい黒髪が横切った」は陽視点であり、6.5巻「静謐にそよぐ風が黒髪を淡くなびかせた」は夕湖視点です。この二人の一人称でも悠月の髪色が描写される以上、登場人物の内面性の反映と見做すことは難しいように思えてきます。

 次に、場面の特性と関連している可能性を探りましょう。たとえば悠月が本気を出しているときは「黒髪」と描写される……など。髪色の描写が登場する場面に共通項があれば、そこに表現意図があると考えることができます。

 確かに2巻「ぶありと涼やかな風が吹き抜け、艶やかな黒髪がぱらぱらとなびく」は朔と悠月が恋人の契約を結ぶシーンですし、4巻「すうっと私の横を美しい黒髪が横切った」も練習試合で陽と舞の間に割り込むシーンです。どちらもいわゆる決めシーンだと言えるでしょう。ですが2巻「上質なシルクのように揺れるセミロングの黒髪」は冒頭の待ち合わせのシーンですし、5巻「くすくすと黒髪が揺れた」もこの直後に夕湖が告白するものの、悠月の描写と関わる要素ではないでしょう(悠月に知る由がないため)。

 このように場面の特性と「黒髪」の描写を関連づけることは些か難点があると言えるのです。

 

 では、他にどんな理由が考えられるでしょうか。私は髪色が描写されることではなく、黒が描写されることに意味があるのではないかと考えます。このことを考えるうえでまず思い出していただきたいのが東堂舞です。

 彼女の髪が「マッシュショートカットの黒髪」と描写されていることは既に述べました。これと併せ、7巻の目次横に配置された彼女の立ち絵を見てみてください。彼女は黒髪ですが、それだけではありません。ユニフォームや靴、靴下やリストバンドに至るまで、全てが黒なのです。

全身を黒で統一したそのスタイルは、どこか不気味な迫力を漂わせている。

 4巻で東堂舞を見た朔は、このように言っています。黒は不気味ながらも強者の風格のようなイメージを持っていると言えるでしょう。

 

 さて、ようやく悠月の話です。

 皆さんは悠月と黒と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか?

 少なくとも2023年5月末現在、8巻の書影ないし口絵を思い浮かべる人が多いはずです。悠月は黒いドレスを纏い、暗雲姫を演じます。白雪姫の対比として黒である暗雲姫が選ばれていますが、白との対比関係で言えば赤でもいいはずです。毒リンゴが登場することを考えれば、赤を纏うとしても違和感はありません。もちろん決して黒に違和感があるわけではなく、魔女らしさを考えれば黒は適切なのですが……赤ではなく黒が選ばれたことが、悠月の「黒髪」と繋がっているような気がしてならないのです。

 黒が持つ不気味ながらも強者の風格のようなイメージ。暗雲姫からはまさにそういった圧倒的な強さを感じます。悠月の「黒髪」が描写されてきたのは、彼女がずっと白雪姫ではなくお后様(≒暗雲姫&毒りんご)を奥底に秘めてきたことの示唆だったのではないでしょうか。

 もちろん、これは裕夢先生が意図していた……ということではないと思います。先々の展開を計算して書かれるタイプではないようなので、計算しているわけではないでしょう。ただこれまでの「黒髪」描写の蓄積がこれからの七瀬悠月を再構築していく……と考えられなくもないかもしれません。

 いずれにせよ、「黒髪」の七瀬悠月が暗雲姫として舞台に上がる8巻はまず間違いなく途轍もない話になるでしょう。そんな8巻を読むうえで、ヒロインの中で七瀬悠月だけが髪色を描写され、しかもその「黒髪」に暗雲姫へと繋がるイメージがあったかもしれない……と考えておくと、更に楽しめるかもしれません。めっちゃ8巻楽しみですね。

 

 今回はここで終わりです。

 割と長々と話しましたが……8巻で他のヒロインの髪色が描写されたりしたらめっちゃ笑ってやってください。あと、筆者が見落としてるだけで髪色が描写されたりしてたらそのときも笑ってくださいな。読み直すの好きなのでめっちゃするんですけど、やっぱり好きなシーンに熱が入って放心状態になるので記憶が残ってないことが多いんですよね……。

 

 そんなこんなで楽しみな8巻は6月20日発売!

 そろそろ特典とかの情報も出てくると思うので、楽しみですね!

 では、ここまで読んでくださってありがとこーございました!

 

今回の引用は基本的に電子版に拠ります。ページ数が不確かなのが申し訳ないですが……電子版も読みやすいのでぜひ。

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